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執筆者の写真オカケン

連載エッセー「まなぶ」ということについて

更新日:2020年6月22日

                                PTA会長 岡田 憲治

#001  「まなぶ」ということを、いくつかに分けてみよう。

もうすぐ、少しずつ学校が再開するようですね。 みなさんは休校になってしまって、そろそろ退屈になってきたり「このまま学校にいかないということでいいのかしら」と思い始めていたりかもしれません。ラッキーと思っている人もいますね。みんな当然の反応です。

先のことはわかりませんが、こんな時だからこそ、算数や国語のドリルやプリントからちょっとはなれて、この文章を読んでもらえればと思います。 お話は、「まなぶ」ということについてです。

みなさんは「まなぶ」ということをどういうことだと思っていますか?保護者は、「勉強しなさい」とか「学びなさい」と、ほとんど口ぐせのように言いますよね? だからみなさんも、「はいはい(わかったよ)」とか「もう、今やろうと思ったのに!」とか、その言葉に気持ちで反応して終わりです。保護者も「とにかくやらせなきゃ」と焦って、色々なことを考えて、ついつい口数も多くなりますね。

だから、「・・・でも、まなぶっていうのはほんとうはどういうことなのかしら?」と、立ち止まることを忘れがちです。あんまり言うと、逆に考えなくなりますよね? この後、お話を進めるために、私が今頭に浮かんだ「まなぶこと」を、ざっと書いてみます。これは、「まなぶ」ということを、その言葉以外で言い換えてみるということです。  「テストでいい点をとれるように準備すること」

 「知らなかったことを知ること」

 「頭や知識だけじゃなくて、心のそこから“わかった”という気持ちになること」

 「まずは、うまくできている友達や大人のやり方をまねてみること」  「こうだと思い込んでいたことが間違っていて、クラクラとめまいをおこすこと」

 「やらなきゃ、という気持ちがなくなってしまうぐらい楽しく夢中になること」

本当は、もうあと10個くらいあるのですが、長すぎると最後まで読んでもらえないことを、これまでの人生で「まなんだ」ので、これくらいにしておきますね。 これについて、ひとつひとつ説明は「まだ」しません。 だからこれを読んでいるすべての人は(児童のみなさんだけじゃなくて、保護者のかたも)、これをヒントにして「自分が一番しっくりとくる“まなび”」はどれかなと考えてみてください。

違っていて当然ですから、心をゆるめて、自分がこれまでに一番重きをおいていたものを考えてみてください。 つづく。

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